そばの歴史を読み解く

美味しい蕎麦を食べて楽しもう

そばは人生を楽しませてくれます

定年退職を迎えると「そば打ち」の講習会に出かける人が増えてきます。
町の講習会の定番で人気があるのでしょう。
年齢とともに、ラーメン党の人でも、自分の健康を考えて、うどんや蕎麦を食べる回数が増えてくるのかもしれません。
そうして、何よりも自分の手作りで、食べるものを作り出すことができる喜びがあるからです。
現役時代には、一度も台所に立ったこともない中年男性が鉢巻を巻いて、汗だくだくになって、そばを打つ姿は滑稽ではありますが、見ていてほほえましいものがあります。
そうして、作り方を知ってしまうと、スーパーで販売している蕎麦を手に取り、つい製造方法まで見るようになります。
蕎麦粉と小麦粉の比率が気になるもので、最初に小麦粉が記載されている商品は敬遠してしまいます。
これは「蕎麦ではない」となるのです。
お酒を売ることを商売にしている人で、一滴も飲めない人がいるように、蕎麦打ちはするが蕎麦は嫌いだという人もいるのです。
こうなると、食べてもらうことに生きがいを感じており、とうとうシャッター街となった商店街の活性化に一役かって、現役に復帰して蕎麦屋を始める人もおります。
たかがそばではありますが、蕎麦はそれだけ人生を楽しませてくれるものでもあります。

そばの歴史を読み解く

日本に入ってきたルートはシベリアから北日本、朝鮮半島から対馬、中国大陸から九州、と言われており、縄文時代には既に栽培されていました。
しかしながら、実を挽いて作る粉の大量生産は技術的に不可能だった事もあり、当時は実を食べる事が主流だったと考えられています。
平安時代に入っても、そばは一般的な食べ物ではありませんでしたが、鎌倉時代に入り、大陸から挽き臼が伝わった事で、粉の大量生産が可能となり、消費量が爆発的に増えます。
小麦に比べて粘りの少ないそば粉は、その頃、主にそばがきとして食されていた他に、扁平に伸ばした物を火に通し、味噌や醤油をつけて食べる方法や、薄く焼き上げたおやきや煎餅、さらにには、餡を包んだ饅頭や、丸めて串に刺した団子などに加工されて、庶民の間に広まりました。
江戸時代には、今と変わらぬ形に変化しており、料理本には、うどんと並んで製法が記されています。
現在見かける細切りの形になったのは、戦国時代頃からだと言われ、長野県の寺で見つかった1574年の文書の記述が、文献に出てくる最古とされています。
この見慣れた形の発祥地は信州説と甲州説の2つに分かれており、現代においてもどちらが発祥地か、定かではありません。

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最終更新日:2017/10/3

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